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zoom RSS 戦争責任#2 中国に対する認識の甘さ

<<   作成日時 : 2006/10/03 23:34   >>

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「検証 戦争責任T」を考える第2回目。

張作霖爆殺事件(1928)、柳条湖事件・満州事変(1931)、盧溝橋事件・日中戦争(1937)と対中戦争は泥沼化していった。もちろん、
・石原莞爾が柳条湖事件に成功以来、関東軍では作戦が結果的成功すれば、命令違反や命令を待たずとも許されるという風潮があったこと
・このため、盧溝橋事件においては、不拡大方針をとる石原(当時作戦部長)に対して、拡大派の武藤章(作戦課長)は「石原参謀がされていたことを、お手本にしているわけです」と反対され、おさえることができなかったこと
・戦術的に、奥地へ奥地へ戦線を拡大させられたこと
などいろいろ理由があるが、私としてはこれまで意識してこなかった分析を今回見つけた。

それは、1938年に作戦課長をつとめた稲田正純が「だれも漢民族について理解をもとうとしないのです」(「検証 戦争責任T」p33)と反省していること。
さらに、1940年に南京に汪兆銘政権が樹立したときに、政権の実力者周仏海が「この1年来、日本側の中国情勢についての認識の不正確なこと、情報も常に誤っていることを深く思わざるを得ない」(p85)といらだっていることが、記されている。

つまり、中国を舞台に戦っているにもかかわらず、漢民族への理解、中国ナショナリズムに対する理解がなかったということだ
わからないでもない、日清戦争で日本が勝利したことで、清国は眠れる獅子ではなく、ただの豚であることが列強にわかり、その後は列強の半植民地と化し、民族間でも軍閥が割拠し、統一国家への道は程遠いのが当時の中国だ。
理解がなく、中国をあなどっていたのもうなずける。

しかし、「中華思想」の悠久の歴史をもつ民族である。もちろん、その華夷秩序に日本が組み込まれたことはほとんどないが、その文化・文明・歴史を日本人の知識層は当然知っていたはずである。
にもかかわらず、わずか50年程度の近代の一時期をとらえて、中国に関する認識を誤っていた・・・
隣国の歴史や文化もしっかり学び、民族の思考パターンやアイデンティティを理解しようとする試みが必要なことは、今の日本外交にも通じることだ。歴史に学び、もって他山の石としたい。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 日本の歴史はすべて悲惨だったというのが、日教組教育のなかで教えられた暗黒史観だった。戦後教育のなかで詰め込まれたその歴史認識に対して、戦国や幕末の見なおしからはじまって、すくなくとも日清・日露は坂の上の雲を目指した、明るい時代だったといったのが司馬遼太郎だったと思う。
 さらに5冊の外交官を通して日本の近代を書いたのが岡崎久彦で、安倍首相の歴史認識もこれにちかいと思う。しかし、歴史は急速に進歩していて、つい最近、田原 総一朗が言い出した日米戦争はともかく、日中戦争は侵略戦争だったという歴史観に対しても、その根拠となった張作霖爆殺事件と盧溝橋事件に関しては、むしろ日本がその謀略に巻き込まれたという見方のほうが強くなっていて、日中戦争の戦端をひらいたのが日本の侵略の開始点という、田原の主張は支持を失っている。
罵愚
2006/10/04 17:10

 残ったのは柳条湖事件だけだが、これは、あなたもご存知のように、死者も出ない鉄道爆破事件で数時間後には復旧して開通している。日本軍の謀略の疑いはぬぐえないが、その背景のほうが、戦争原因としてつよいというのが常識だと思う。
 つまり、結論として、日本による中国侵略は否定されはじめている。
罵愚
2006/10/04 17:10

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