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zoom RSS 戦争責任#3:「検証・戦争責任U」を読み終えて

<<   作成日時 : 2006/12/30 11:21   >>

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読売新聞社が社を上げて?取り組んだ「検証・戦争責任」の第2巻を読み終えた。
第1巻もそうだが、「検証」と銘打つだけあって、ひとつひとつの事象について丁寧に書いたものというより、その全体像を振り返るために、事象事象はさらりと書いて、その背景や後の展開にもたらした影響を書いたものという印象を受けた。

この読売新聞社の検証では、満州事変の石原莞爾、南部仏印推進派の石川信吾、田中真一ら、「幕僚」も、“責任が重い”としている。
また、戦争の「継続責任」として、及川古志郎、豊田副武らも“責任が重い”としている。
一方で、東京裁判で絞首刑となった木村兵太郎、松井石根の戦争指導にしめた役割は大きくなかったとしている。

この判断自体は、おおむね妥当だと思う。

その中で、「あれ?っ」と思ったのが、広田弘毅に対する評価だ。
一般には、広田氏は、平和主義者であったが、日中戦争時に外相・首相をつとめたことや、近衛文麿が自殺したことの「身代わり」となった・・・というのが大方の見方で、東京裁判においても、広田のみが文官で処刑されたことには同情の声が大きい。

しかし、この「検証」の中では、

「広田三原則は、英米との協調外交からの転換・・・広田は、軍部大臣現役武官制の復活、日独望郷協定の締結など親軍的な政策を推進した」(p243)と総括し、
北岡伸一氏の分析を引用し、「広田のいわゆる“和協外交”は『実体に乏しいもの』で、広田は、『欧米が関与することには拒絶する態度』をとることが多く、幣原外交との相似性といえば、当の幣原が『他人の空似』と飛べたと紹介している」(p28)と広田外交が決して平和主義的なものではなかったと評価している。

確かに、東京裁判で処刑された7人中、唯一の文官であった広田に対する同情、近衛の無責任さを、東京裁判で一身に背負った広田という印象が、ややバイアスがあったのは否定できない。
改めて「検証」「歴史の評価」の難しさをしった。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
私も2冊とも読みました。

広田弘毅に関してはいろいろ意見がありますね。

敵の手にかかることを恐れ、さっさと自殺した近衛文麿。
そして、敵の手にかかり「殉教者」として死んでいったフセイン。

どちらも戦争に対して、責任があったと思いますが、
戦勝国の論理で裁かれているところが気になります。
ryi
2006/12/30 13:30

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