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zoom RSS 加治将一著「幕末維新の暗号」

<<   作成日時 : 2007/07/28 15:36   >>

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フルベッキ写真という一枚の写真があります(この写真は本当にあります)

それは、幕末に長崎で撮影されたもので、正面に宣教師のフルベッキ、そして40数名の武士の集合記念写真。
ところが、これに写っているのは、公家の岩倉具視、幕臣の勝海舟、薩摩の小松、西郷、大久保、長州の高杉、伊藤、土佐の中岡、肥前の大隈、江藤・・・そう幕末維新のオールスターキャスト。

ということで、そんなバカなということで、この写真はバッタもの。いまでは、フルベッキと、当時の若い衆の記念写真というのが定説になっています。

しかし、この本では、幕末維新オールスターキャストの記念写真ということで、しかも、その中には、何と明治天皇も写っているということに、そして、そのヒミツを守るために、維新後に血なまぐさいやりとりが。

という「和製ダ・ヴィンチ・コード」

信じるか信じないのか、という話だと、信じないというのがほとんどだと思います。

でも、こういうチョッとミステリーに描くというのは、とても想像力を必要とする話です、

この本によると、明治維新は「南朝」による幕府+北朝打倒の戦い。
その証拠に、維新政府後に、楠木正成をまつる湊川神社をはじめ、旧南朝の功臣をまつる神社が創建され、後醍醐天皇の吉水神社にもそれを示す説明書きが・・・

そして、明治天皇も、毛利家が長年かくまっていた旧南朝の血をひく人物とすりかえられていて、孝明天皇の子・睦仁親王は、即位直後に暗殺。
七卿落ちで都を追われた三条実美と毛利家が、「玉」を手にするための南朝擁立を提案し、岩倉、大久保、西郷がこの立役者となり、幕府側は勝が抑える。もちろん、新政府発足後は、このヒミツを隠し通すために、明治天皇を京都から引き離す東京遷都や、睦仁親王をしる公家が宮中に出入りできないように、公家風を西洋風に改める。

西南戦争と佐賀戦争は、このヒミツを知る西郷、江藤を葬るためのもの。
明治天皇と伊藤博文の仲のよさは、天皇が長州にすんでいたときからの仲。
だから、明治政府は南北朝のうちどちらが正統か、という問いに、北朝ではなく、すりかわった後の南朝を正統とし、皇居には楠木正成騎馬像が建つ。

という話です。

なかなか小説としては、テンポもよくて、引き込まれて読んでいました。
ところどころ、????ちょっとこじつけじゃないのか?と思うところもあったのですけど。

たとえば、西郷隆盛(南州)が、南朝方の理由は、南朝方の肥後菊池氏の一族の末裔だから、というのですが、そんな理由でいいのかな?というところや、横井小楠が、キーパーソンなのですが、それも「楠」という文字がはいっているところに着目したり。
話としては面白いのですが、名乗りに入っているとかというのはチョッと。
そういうものは隠しそうですけどね、逆に。

でも、スケールが大きすぎるし、ストーリーとしてはつながっていると思います。
陰謀というものは、大きければ大きいほど、見えにくく、ばれにくいといわれます。
映画やテレビにすれば、面白そうです。
でも、日本では、天皇がすりかわっている、というところでNGになるんでしょうね。

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